2008年07月03日

面子が重要だ!?

人生が舞台。毎日が芝居!

(GP代表 住田 崇)

 今から100年ほど前、中国で54年間も生活したイギリス人宣教師がいた。アーサー・ヘンダーソン・スミスである。彼には『中国人の素質』という著書がある。中国人論を外国人として初めてまとめた本で、魯迅などもこの本を読み、影響を受けたとされている。
 中国語を学ぶにおいて、彼の中国人論を理解することは重要なことだ。『中国人の素質』は100年の時を経ても、今を生きる中国人と接していて、とても興味深く、共感できるものがある。私の経験も交えながら、数回に分けて紹介したい。

 1.『面子要緊』(面子が重要である)。

  中国人と交流していくと、「中国人は面子を最も大事にしている」と話す中国人に出会うことは多いだろう。中国人は人前で「体面をつぶされること」を非常に嫌い、つぶした相手へのうらみつらみは、すごいというのだ。しかし、何も中国人に限らず、「面子」はどこの国の人間にとっても大事であることは一緒だ。「面子」は中国人の特権ではない。しかし、日本人が考える「面子」と、中国人が言う『面子』は少し性質を異にしている気がする。中国人は「大きな失敗をすること、他人に馬鹿にされること」によって「面子を失う」だけではないようだ。

  アーサー・H・スミスは、この中国人の言う『面子』が含む意味を理解するために、忘れてはならないことがある、と記している。中国人は本能的に、生活のあらゆるシーンで「芝居を打っている」というのだ。何か問題が生じたとき、中国人は「自己防衛」するため、周囲の人間に向けて話しを始める。そして、そこが彼の(彼女の)舞台となる。そこで、自分の問題が解決されれば、その舞台から自ら下りることになる。しかし、問題が解決されなかった場合、舞台を下りるタイミングを失うことになる。その瞬間、中国人の言う『面子』がつぶされる。きれいな言葉で形式的にでも舞台に幕引きできれば、問題の本質が解決されようが、されまいが関係はない。その場をしのぐ「適当な着地点」を見つけ出せれば、「自己防衛」は果たされ、「面子」は保たれたことになる。もし、周囲の人間の中に、「問題解決」にこだわり、この「適当な着地点」を彼から奪ったり、彼の「自己防衛のための芝居」を中断させるようなことがあれば、それこそが中国人の最も嫌う「面子をつぶされたこと」になる、というのだ。

  中国語に『和事●(人偏に老の字)』という言葉がある。日本語で言えば「とりなし役、仲裁人」だ。中国の地域社会には今でもこの『和事●』という人間がいる。問題が生じたときに、その問題の本質を白黒はっきりさせ解決するのではなく、まさしく対立する人間達が演じる「自己防衛のための芝居」をきれいに幕引きさせる役目だ。勝ち負けを決めるのではなく、関係者全てが「適当な着地点」を持てるようにとりなすことが中国では大事だ。これは、あらゆる生活シーンの中で、必要とされる能力である。

 

 街中で大声でけんかしている人達も、失敗や過ちを犯して、言い訳をする人達も、「芝居を打っている」のだ。必要なのはその場における「適当な着地点」であり、形だけでも、きれいに幕引きをできるタイミングなのだ。それを忘れては、絶対に中国人とはうまく付き合っていけない。

 問題の本質は、芝居の幕引き後、ゆっくりと解決していくものである。


代表PROFILE:
住田 崇(すみだ たかし)
立命館大学卒業。在学中は南京大学に留学。23歳で初めて中国語を学ぶ。大学卒業後、京都新聞社編集局で記者として約8年、滋賀、京都を中心に取材・執筆。同社を辞めた後、家族3人一緒にニュージーランド・クライストチャーチで4ヶ月過ごし、2005年、家族で北京へ。中国人研修生派遣、語学留学生、農民工の問題を中国の現場から取材。発展著しい北京で、独自の視点から中国現地情報、中国語学習教材を日本へ発信することを目的にしたGOKU-PROJECTを起業して、現在に至る。
    
 
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2008年06月23日

村哥のネイティブ・スピーカーへの道007 スタートダッシュの大切さ

一日どれだけの勉強量が最も適しているのでしょう。これは、人によって大いに異なるので一概には言えません。村哥のネイティブ・スピーカーへの道004脳科学者、茂木健一郎氏のコメントを引用した、「全力でやってギリギリできるくらいの難しさの仕事に取り組む」というのも一つの目安になるかもしれません。 

中長期的に見ると、語学学習は最初のスタートダッシュ期間が最も大切だと私は考えています。つまり、最初の約1〜2年の基礎学習、初級学習の段階で、できる限りの事を一気にやってしまうのです。この場合もどれくらいの期間が適しているのかは定かではありませんが、
村哥のネイティブ・スピーカーへの道006でも触れたように、「中国語用の引き出し」が脳にできるまで、つまり他の外国語と触れ合っても、中国語とは完全に分離して考えることができるまで、と考えていいかもしれません。
 

私の場合は、中国語学習を開始してから最初の2年間は、どんなに忙しくても毎日最低2時間は机に向かうようにしました。それ以外の時間でも、できる限り毎日中国語と接することを心がけました。例えば、車の中で今までよく聞いていた音楽を中国語のヒアリングテープに換えたり、お風呂の中で中国語の本を読んだり、一日の最後に当日あった出来事を中国語で思い出したりと、あの手この手で中国語にアタックし続けました。その甲斐もあり、その期間で培った中国語は、その後の中国語学習の礎となり、今になっても決して忘れることのない血肉となっています。
 

数年間中国語を勉強しているにもかかわらず、なかなか進歩しない人を、私は数多く知っています。そのような人に話を聞いてみると、時間がなかなかとれず、集中して勉強できないため、覚えた単語もすぐに忘れてしまうというのです。 

語学学習はスタートダッシュが命
です。テイクオフ直前の飛行機が滑走路を疾走するが如く、エンジンフル回転で中国語学習に取り組んでください。一度大空へ飛び立つ事ができれば、後は自然と素敵な中国語の世界へと誘ってくれるでしょう。きっとそこには今まで見たこと、触れたことそして感じた事の無い未知の世界があなたを待っているはずです。
 

ちゃい語大学アドバイザー
村哥 

 
執筆者PROFILE:2002年9月より北京在住。若手研究者として中国経済、金融を研究する傍ら、日中企業や大学、研究機関等の通訳・翻訳業務にも積極的に携わり、ちゃい語大学の開発、監修も手掛けている。【ブログ】村哥の映画で学んでみなチャイ語
    

2008年06月18日

日本人と中国語の親和性

中国語を学ぶ意義を歴史から見つめる

GP代表 住田 崇)

■日本人と中国語(漢字)の出会い

 私が好きな本の一つに、大島正二教授著の「漢字伝来」(岩波新書)がある。日本人と漢字の出会いについて書かれている本だが、実にわかりやすく日本語の成り立ちを説明している。同書によると、日本人が漢字を文字として使い始めたのは早く見ても4世紀ごろ、だそうだ。まさに中国語と日本人の出会いで、日本人が中国語(漢字)を学んだきっかけは1700年前にさかのぼることになる。

 その歴史に思いを馳せると、今、これほど中国や中国人との交流が緊密な時代に、現代の日本人が再び中国語に目覚めても何の不思議もなく、むしろ自然な流れではないかとさえ思う。漢字は文字を持たなかったベトナムや韓国にも伝来し、ある期間使用されてきたが、今では、中国以外で、漢字を常用的に使いこなしている国は日本以外にない。それだけ、日本語は中国語に深いかかわりを持っている。大島教授の著書によれば、平仮名もカタカナも万葉仮名と呼ばれる漢字の偏やつくりから生まれてきた。字画の省略化から生まれたのが「カタカナ」であり、書体を大雑把に草書体化したのが「平仮名」だ、という。例えば「ア行」は「阿(a)→ア」「伊(yi)→イ」「宇(yu)→ウ」「江(jiang)→エ」「於(yu)→オ」、「あ行」は「安(an)→あ」「以(yi)→い」「宇(yu)→う」「衣(yi)→え」「於(yu)→お」
。そして、日本語の漢字の読みも「音読み」として、元来の中国語の発音を踏襲した「音」が残っている。

■中国へ輸出された日本語漢字

 ここまで来ると、まさしく日本語の母は中国語である。しかし、中国語が日本語に何もかもを与えたわけではない。19世紀後半になると、明治維新に成功した日本が中国よりも先進国になった。魯迅、孫文、蒋介石、周恩来など、多くの知識人、政治家が日本に留学した。その中で、中国語にはない日本で生まれた「日本産の漢字言葉」が、これらの留学生によって中国に伝えられ、中国語にも大きな影響を与えた。中国語を勉強していない日本人でも、ときには中国語の文章を大まかにでも読解できるようになったのも、この日本から中国に輸出された漢字の影響も大きい。

 「日本産の漢字言葉」は、法律関係の言葉は特に多い。「
取締、取消、引渡、手続、権力、義務、当事者、債権、債務、損害賠償…ほかにも「経済、衛生、代表、圧力、排外」。法治国家として近代化を進める中で生まれた社会組織の名前もそうだ。「法人、警察、派出所、検察官」。医学における言葉もある。「肺炎、胃炎、肝炎、眼科、内科、外科」。西洋の学問名もある。「物理、化学」などなど、たくさんある。

■日本人と中国語の親和性

 中国語を勉強することで、日本語の思わぬ側面も見えてくるし、日本人にとっては、日本語よりも本来の意味を汲み取りやすい言葉を中国語は持っていることにも気づく。例えば「コンピューター」を『電脳』という中国語のほうが、日本人にとっても、そのものの本質を理解しやすいだろう。経済用語の「インフレ」は『通貨膨張』、「デフレ」は『通貨収縮』などもそうである。

 日本人が英語などの外国語を学ぶのと、中国語を学ぶのとでは、同じ外国語学習でも、その文化的親和性が他言語とは全く違う。中国語を学ぶことで、日本人は母国語をより深く、広く見つめられるようになるのではないだろうか。私が口癖のように使う「中国語を世界で一番早く、深く習得できるのは日本人です」という言葉は、そういうことである。
 


代表PROFILE:
住田 崇(すみだ たかし)
立命館大学卒業。在学中は南京大学に留学。23歳で初めて中国語を学ぶ。大学卒業後、京都新聞社編集局で記者として約8年、滋賀、京都を中心に取材・執筆。同社を辞めた後、家族3人一緒にニュージーランド・クライストチャーチで4ヶ月過ごし、2005年、家族で北京へ。中国人研修生派遣、語学留学生、農民工の問題を中国の現場から取材。発展著しい北京で、独自の視点から中国現地情報、中国語学習教材を日本へ発信することを目的にしたGOKU-PROJECTを起業して、現在に至る。
 
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2008年06月11日

村哥のネイティブ・スピーカーへの道006 浮気は厳禁!

中国留学した事がある人は誰でも経験があると思いますが、休み時間になると教室の至るところで他国の言葉が耳に飛び込んできます。英語、韓国語など、ちょっとは聞き慣れた言葉から、タイ語、ベトナム語、アラビア語など枚挙にいとまいがありません。最初から全く接点の無い中国人の友達なんてなかなかできませんから、当然クラスメートの外国人と仲良くなります。クラスメートと交流を深めていくにつれ、徐々にその人たちが喋っている言葉に興味を持ち始める人も少なくありません。これが落とし穴だと私は考えます。

 
私の経験からすれば、語学の学習は脳の中に引き出しを作ることだと思います。日本語のネイティブ・スピーカーである我々は、既に頭の中に「日本語用の引き出し」が形成されています。それとは別に「中国語用の引き出し」を同じように形成できるかどうかが、ネイティブ・スピーカーに近づけるかどうかではないかと考えます。通訳者なんかはこの両方の引き出しに入っている言葉を、自在に取り出し、瞬時に結び付けることに長けているのでしょう。 

ところが、入門者、初級者の域ではまだ「中国語用の引き出し」ではなく「外国語用の引き出し」しかできていないのです。つまり、日本語以外の言語はその「外国語用の引き出し」にごった煮状態で詰まっているわけです。その段階で、別の言葉を同時に勉強してしまうと、結局どちらの言葉も中途半端になってしまい、ネイティブ・スピーカーどころか、外国語をまともに使うことすら困難な状態に陥らないとも限りません。私の知人で、まだ中国語を習い始めて半年しか経っていないのに、周りの人間に感化され英語を習い始めた人がいました。その人は“wo(我) will go”や“You 
?”のように主語を間違えたり、文法がメチャクチャになったりと惨憺たるものでした。「二兎を追うものは一兎をも得ず」とはよく言ったもの。古人の言葉はいつも正しいです。
 

外国語学習は恋愛のようなものではないでしょうか。毎日連絡をとりあい意思疎通を図るのと、二日に一回、三日に一回、一週間に一回、とでは二人の親密度は顕著に異なってくるでしょう。これと一緒で、外国語学習も同一言語の勉強を毎日繰り返すことにより、その効果は正比例に伸び、徐々に“自分のもの”になっていくのです。逆に、別のものに気を取られよそ見をしたり、忙しいからといって邪険にあつかったりすると、必ず離れていきます。恋愛でも語学学習でも浮気はよくありません。
 

ちゃい語大学アドバイザー
村哥
 

執筆者PROFILE:

2002年9月より北京在住。若手研究者として中国経済、金融を研究する傍ら、日中企業や大学、研究機関等の通訳・翻訳業務にも積極的に携わり、ちゃい語大学の開発、監修も手掛けている。

【ブログ】村哥の映画で学んでみなチャイ語

 

2008年06月04日

身近に増え始めた中国。地方の国際化を

日本で暮らす中国人、最多の60万人突破

                
(GP代表 住田 崇)
 

 3ヵ月ぶりに北京から日本へ戻った。今回も日本で中国語に触れる機会は増えていた。関西空港から特急「はるか号」に乗ると、もちろん中国語は当たり前のように聞こえてくる。京都駅で在来線に乗り換える。京都駅のホームで並んでいると、隣のスーツ姿の男性4人のうち2人が中国語で話をしていた。ネイティブの中国語だ。故郷の街の人口は7万人。スーパーの食品売り場に買い物に行った。ここでも、女性と子供が買い物カートに食材を詰め込んで、中国語で会話していた。たった1週間の日本滞在で、街中で3回もネイティブの中国語を聞いた。中国人留学生の姿は、京都や草津などの大学のある街の駅や車内では、当たり前のように目にしていた。しかし、スーツ姿の中国人や地方の街中のスーパーでの親子など、今回はこれまでになかった形で中国の人々に出会った。

 法務省が先日、日本における外国人登録者数に関する最新のデータを発表した。2007年末の外国人登録者数は215万で過去最高となった。06年に初めて200万人を突破してから、2年で10数万人増加している。中でも中国人の登録者数の伸びは飛びぬけている。これまで、ずっと最多だった外国人は韓国・朝鮮人だったが、07年にとうとう中国人が韓国・朝鮮人を追い抜き、日本で最多の外国人となった。60万人以上だ。日本にいる210人に1人が中国人だ。東京や大阪などの都市部だけでない。地方の都市の工場や農場、大学などで中国の人たちは増えてきている。
 増加の要因は、留学生だけではなさそうだ。研修生という制度で、安い単純労働力が日本には流入している。日本人がやりたがらない仕事に従事する中国人だ。彼らは、日本人の半分の給料で、2年から3年日本で働く。また、中国の田舎から日本の男性に嫁いで来る中国人女性。毎年1万組を超える日本人男性と中国人女性の国際結婚カップルが誕生している、という。日本語もままならない状態で、中国の田舎などから日本へやってくる人の数が急増している。留学生も日本語を話せない状態で、先ずは日本の日本語学校で勉強を始める学生も増えている。
 また、最近では都市部富裕層の中国人の団体旅行も多い。昨年は94万人が日本を旅行で訪れた。羽振りのよい彼らは、日本人よりも、どの外国の旅行者よりもお金を日本に落としていく。ホテル、レストラン、家電量販店、お土産屋など日本のサービス産業にとって、大陸中国からの旅行者は、最も大切な顧客群となっている。もちろん、日本語を話せる人は少数だ。


 日本に中国から色んな形でどんどん人が流入してきていることは明らかだ。この流れは今後、加速こそすれ、減少に向かうことは考えにくい。 都市部での中国人増加は都市の機能的、人的キャパシティから問題にはなりにくい。しかし、地方の街は今後、大きな問題に直面していきそうだ。そこで暮らす中国の人々の日本語の問題、文化、習慣の違いから来る彼らの不安やストレスを、地域の力でサポートできるかどうか。
 地方の街は現在、高齢化が進んでいる。若者であふれる大都市ほど、変化への対応力はない。日本人だけで長年暮らしが成り立っていた社会に突然、異文化、異言語の中国人が暮らし始めるのだから、その地域の人たちも対応する術がわからない。そこに従来から暮らす日本人住民と、新たな暮らしを求める中国人との間には、様々なコミュニケーション不足、暮らしの摩擦が生じる。多くの場合、中国人は地域に溶け込めず、孤立してしまう。日本人住民の間には根拠なき不信感だけが募る。互いに負のスパイラルが生まれてくる。そうならないためにも、地方の国際化の入り口で、力を問われるのは、その地域の自治体の力だ。

 中国からやってきた新たな住民をいかに受け入れ、地域になじんでもらえるか。そこをサポートできるか、できないかでは、中国人だけでなく、従来からそこに住む日本の住民にとっても大きな影響が出てくる。地域行政のサポートなく、地方の国際化はうまくいかない。さらに先を急げば、地域住民自らが時代の流れを受け入れ、国際化に自ら挑む姿勢が必要ではないか。そんな時代に、日本はすでに突入している。

 ここで言う地方の自治体の力とは何か。地域住民の国際化へ挑む姿勢とは何か。先ずは、中国語を学び、彼らとの意思疎通を図ることができる人材がいるかどうかだ。やって来た彼らに、日本語の習得を期待するだけでは、彼らの不安やストレスを取り除くことはできない。互いに歩み寄ることでのみ、信頼関係構築は可能となる。互いに歩み寄ることの大切さ、意義に気づくことが、日本人の国際化の入り口である。

 中国語を学ぶ意義は、そんなところにもある。

代表プロフィール:

住田 崇(すみだ たかし)

立命館大学卒業。在学中は南京大学に留学。23歳で初めて中国語を学ぶ。大学卒業後、京都新聞社編集局で記者として約8年、滋賀、京都を中心に取材・執筆。同社を辞めた後、家族3人一緒にニュージーランド・クライストチャーチで4ヶ月過ごし、2005年、家族で北京へ。中国人研修生派遣、語学留学生、農民工の問題を中国の現場から取材。発展著しい北京で、独自の視点から中国現地情報、中国語学習教材を日本へ発信することを目的にしたGOKU-PROJECTを起業して、現在に至る。  



 
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2008年05月28日

村哥のネイティブ・スピーカーへの道005 好きこそ物の上手なれ

我々は中学校一年より英語の勉強を始め少なくとも高校卒業までの6年間は英語と付き合っていかなければなりません(今は小学校から始まっている所もあるようですね)。これだけ英語教育に時間を費やしている日本人の中で、一体どれだけの人が「私は英語を話せます。」と自信を持って言えるのでしょうか。

私個人の経験では、英語学習はあくまで「試験のための勉強」でした。文法や読解を中心に、試験テクニックをたくさん教えてもらいました。しかし、試験が終わって時間が経つと、多くの時間を費やして覚えた英語もいつの間にか脳の中から消失していました。北京の諺で『狗熊bai棒子(gǒuxióng bāi bàngzi)』と言うことばがあります。これは「クマがトウモロコシをもぎ取っては脇に挟み、次のトウモロコシを取るときには最初のトウモロコシを落としてしまう。」という意味です。語学はこの『狗熊bai棒子』の様に「単語を暗記し、試験が終わったら忘れる」の繰り返しでは絶対に進歩はありえません。語学とは日々の積み重ねこそがものを言うものなのです。(baiは「手分手」を一文字で表した漢字)

「日々の積み重ね」と口では簡単に言えますが、毎日続ける事は極めて困難です。しかし、もし自分の好きな事であればいくらやっても飽きないのではないでしょうか。中国語習得を「勉強」から「趣味」に変える事ができればそれに勝るものはありません。格闘家、角田信朗さんの英語はとても有名です。この角田さんの学習方法は、まさしくこの「勉強」から「趣味」への変換を体現しています。角田さんはブルースリーの映画が大好きで、映画のセリフをそのまま丸暗記し、そのシーンを部屋に閉じこもって一人で演じていたそうです。それが奏功して、英語も上達し、今では俳優としても活躍されています。実は、私も中国語学習に限界を感じ頓挫しそうになった時、中国映画と『相声xiàngshēng/中国漫才)』に魅せられ、それを中国語学習に取り入れることによってかなりのレベルアップを遂げました。私の場合は映画や相声を毎日見て、気に入った所をものまねしていただけです。時間にして約30分ほどでしたが、たったこれだけでヒアリングも口語もかなり上達しました。

人間とは好きなものに対しては、如何なる労力も惜しまないものです。角田さんが映画と語学を結びつけたみたいに、自分で魅力あるものを見つけ中国語とのコラボレーションを図って見てはいかがでしょう。中国映画好きの方は私のブログ『村哥の映画で学んでみなチャイ語』を是非活用して下さい。 

ちゃい語大学アドバイザー
村哥
 
執筆者PROFILE:2002年9月より北京在住。若手研究者として中国経済、金融を研究する傍ら、日中企業や大学、研究機関等の通訳・翻訳業務にも積極的に携わり、ちゃい語大学の開発、監修も手掛けている。

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2008年05月21日

心の壁を越えて


四川省大地震と北京オリンピック

           
(GP代表 住田 崇)
 

 日本と中国。ここ15年ほどの間、政治と直近の歴史が絡み合った両国間の矛盾が、顕著に両国民の心の中にわだかまり、不理解を生み出してきました。そのピークが2005年春の反日デモだったように感じます。江沢民前政権がはじめた「愛国主義教育=共産党正当化教育」の産物が「反日感情」を不用意に刺激し、ときの小泉政権の対中強行姿勢がそこに化学反応を起こした出来事でした。

  もちろん、日本国内には、こうした「反日感情」のカウンターパートとして、「嫌中感情」が起きてきました。今年に入って「毒ギョーザ」「チベット問題」が取りざたされ、日本国民の少なくない一部では、中国に対し厳しい批判的な目が向けられています。そんな中では、「中国語を学ぶ」という純粋な学問的興味さえ、多くの日本人の心の中でけん制されるのは、ある意味、無理もないことかもしれません。

  にもかかわらず、日本と中国の結びつきは、強くなる速度を緩めることはありません。この原因はまさしく、中国の経済発展と、その発展に寄与し、恩恵を享受している日本人という経済構造にあります。

  そんな複雑に絡み合う両国関係の中で、今回、中国四川省の大地震が発生しました。すでに死者は3万人を越えており、今後、復興作業が進む中で、その数は増え続ける一方でしょう。被災地現場には世界で一番早く、日本からの救援隊が到着しました。この一件が、現在、多くの中国人の心の中で、日本へのわだかまりを溶解させる作用を起こしています。「日本は一番に中国に手を差し伸べてくれた」という感情です。この15年ほど、中国の人々の中で抑圧されてきた「日本に対するもう一つの思い」が噴出してきています。

  これは決して小さな変化ではありません。事実、震災の怖さを常日頃体験している日本人は、被災地に多くの義捐金を送っています。国だけでなく自治体、企業からもです。年々強く結びついていく両国の実態が、このような形で表面化したと言えます。

  北京オリンピックまで80日を切りました。今回の大地震で世界中から支援の手を差し伸べられた中国は、世界に対して、平和と自由、開かれた社会をますます約束しなければならなくなりました。08年、中国は「災害」と「祭典」という正反対の出来事で、予想以上のスピードと強さで世界の中に巻き込まれていく一年となりそうです。今年が中国の人々にとって、本当の意味での世界デビューかもしれません。この流れの中で、江沢民前政権化で生産された「日中不協和音」は解消されていくに違いありません。

  中国では日本語を勉強している人々が60万人いるとされています。日本には中国語を勉強している人が100万人いると言われています。2000年のつながりを持つ国同士。私たちの言葉や文化に欠かせない「漢字」を生み出し、日本にもたらせた国。日本文化の源泉をたどるかのように純粋な気持ちになって、中国語への興味を見つめ直し、「心の中の壁を乗り越える」には、とてもいい時期が来ています。日本人が本来備えている中国への関心は、文化交流の歴史的産物です。政治問題を抜きに、中国という地域を見つめることができれば、中国語を学び、使う楽しみは、大きな世界を見せてくれるのではないでしょうか。  中華民族以外では、漢字を使いこなす唯一の国民だからこそ、中国語を学んだときに、より深い知識を得て、より多くの発見をできるのは間違いない事実なのですから。 


代表プロフィール住田 崇(すみだ たかし)立命館大学卒業。在学中は南京大学に留学。23歳で初めて中国語を学ぶ。大学卒業後、京都新聞社編集局で記者として約8年、滋賀、京都を中心に取材・執筆。同社を辞めた後、家族3人一緒にニュージーランド・クライストチャーチで4ヶ月過ごし、2005年、家族で北京へ。中国人研修生派遣、語学留学生、農民工の問題を中国の現場から取材。発展著しい北京で、独自の視点から中国現地情報、中国語学習教材を日本へ発信することを目的にしたGOKU-PROJECTを起業して、現在に至る。 
 



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2008年05月14日

村哥のネイティブ・スピーカーへの道004 目標設定の大切さ 〜其の弐〜

前回はライフプランニングを例に目標設定のあり方を紹介しました。

語学学習もこのようなライフプランニングと一緒で、「長期」、「中期」、「短期」の目標を立てることでモチベーションを高め、維持することができます。目標というものは人によって千差万別です。例えば、同じ中国語学習者でも「通訳者として活躍したい」という目標をたてる人もいるでしょうし、「中国で仕事がしたい」と考える方もいるはずです。また、「通訳」でも「同時通訳」と「逐次通訳」ではまた異なる学習方法が待っています。以前、某テレビ番組で映画の字幕翻訳で有名な戸田奈津子さんが「映画の字幕翻訳はジグソーパズルのようなものだ」とおっしゃっていましたので、字幕翻訳家を志す人達はこれまた違った能力を培わなければならないでしょう。つまり、まず長期の目標をしっかりと見据えることが第一歩なのです。

長期の目標が決まったら、次に「中期」そして「短期」と設定していきましょう。大体の目安としては、長期が10年後のビジョン、「中期」は3〜5年後、そして「短期」は1年後のビジョンです。さらに、「超短期」として、半年後、三ヵ月後、一ヵ月後の目標をたてることも、中国語学習のモチベーションを高め、それを持続させることにつながります。

短期的には漢語水平考試(HSK)や中国語検定、TECCなどの検定試験の合格を目標にするといいでしょう。「今度のHSKでは6級をとろう」とか、「今度は中国語検定2級を受けてみよう」といった、身近な目標をたてることもとても大切なことです。ここで注意すべき点は、これらのハードルを一気に高くしすぎてはいけないということです。中国語検定で2級を目指す人は、準2級をもっているべきですし、HSKでも同じです。短期の目標をあまり高く設定しすぎてしまい、なかなかその目標を達成できないと徐々にモチベーションがそがれていきます。

逆に低すぎる目標を設定しても成長しません。近年、ニンテンドーDSなどのゲームの監修でも有名な脳科学者、茂木健一郎氏のコメントは非常に興味深いものがあります。

●脳が一番喜ぶのは、全力でやってギリギリできるくらいの難しさの仕事に取り組む場合です。達成できると、脳内でドーパミンという報酬物質が出て、直前にやっていた行動回路が強化されます。「強化学習」といって物事が上達するコツです。夢中でやってできなければ、次回は難易度を調整すればいいのです。

●成功しているビジネスマンは全力で疾走していって達成できるかできないかというレベルの目標を設定する人が多いようです。

(出典)2008年3月10日 日本経済新聞コラム「仕事術」

中国の『孫子兵法』でも『知己知彼,百不殆(敵を知り、己を知れば百戦危うからず)』と説かれています。そのような検定試験のレベルを把握するだけでなく、短期的には自分の身の丈にあった目標を定めることが非常に大切なのです。

 ちゃい語大学アドバイザー村哥

執筆者PROFILE:2002年9月より北京在住。若手研究者として中国経済、金融を研究する傍ら、日中企業や大学、研究機関等の通訳・翻訳業務にも積極的に携わり、ちゃい語大学の開発、監修も手掛けている。
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2008年05月07日

中国語。ビジネスの視点から

  日本における中国語学習者数はいったい何人か?

  (GP代表 住田 崇)

 インターネットで調べてみると、2003年末が100万人で、その後年々10%の伸びとされているという。
この数字を“真”とするなら、2008年末には160万人を突破していることになる。今現在、約150万人が中国語を勉強していることになる。80人に一人の割合だ。日本にいてると、それほど多くの日本人が中国語を学んでいるという実感はわかない。

 
NHKの中国語講座のテキスト本は14万冊(04年)売れているそうだ。年間14万冊なら、毎月定期的に購入している中国語学習者は単純に言えば1万人そこそこ。そして、中国語検定試験の受験者数が年5万人。複数回受験する人もいるだろうから総数は3万5,6千人ぐらいだろうか。面白いデータとしては、現在日本では約600校の高校で中国語の授業が設定されていて、年間120時間近く勉強しているという。一クラス35人としても2万人の高校生が勉強していることになる。中国における留学生数は年間3万人ほどだ。 そして、中国への旅行者数は2007年、400万人を突破した。
留学生、駐在員、その家族を含めれば、中国国内には年間12万人ほどの日本人が滞在している。

 
 いろいろと数字を挙げてみたが、確実に正確な絶対的中国語学習者人口は出すこと困難だ。あくまでも憶測が入る。しかし、「正確でない=でたらめ」ではない。以上のデータから、現在、少なくとも30万人から40万人ぐらいは中国語学習者はいるのだろう。実に日本人の300人から400人に一人ぐらいとなるのではないだろうか。今後数年、年率10%で学習者人口は伸びるなら、10年後には100万人を超えるだろう。実に日本国民120人に一人の割合だ。
 

 
英語は世界でも日本でも最も学ばれている外国語である。その理由は、簡単だ。英語圏の国々からの情報、知識が今の世界の最先端だからだ。科学、制度、経済、政治、ファッション、文化など、人間生活のあらゆる部分で、最先端の制度や枠組み、モノがそこにあり、“カルチャが、そこから生まれているからである。英語を学ぶことで、それらの情報、モノに触れることができることが、英語を学ぶ意義の本質とも言える。

 その視点で見れば、残念ながら中国語を学ぶ意義は低い。中国語には、最先端の情報もなければモノもまだない。
情報も人も発展途上の国の言葉である。最近のニュースで言えば、「毒入りギョーザ」「チベット問題」「聖火リレーでの留学生らのデモ」・・・日本人の中の中国の心象は非常に悪い。北京オリンピックを目前にして、中国はイメージをよくできない。それらも、日本人にとって、中国語を学ぶ意義にマイナスポイントだ。

 
 一方で、歴史、地政学、経済の観点から見れば、今後は英語圏の国から受ける以上の影響を日本にもたらす国が中国だ。言うまでもなく、日本の言葉に欠かせない漢字の母国であり、歴史的つながりは最も深い国である。日本からの距離も近い。距離の近さは経済の結びつきも強める。そこに、最近では経済格差の解消も始まってきている。日本と中国の距離は、歴史上なかったほどに近づいている。
 すでに、日本の生活は中国抜きには成立しない。
「毒ギョーザ問題」「残留農薬問題」があっても、中国を抜きにして、今の日本は食糧もままならない。自分たちの着ている衣料のタグをみればいい。
made in China”が何着あるだろうか?

 次に訪れるステージは、モノではなく、人と情報である。経済の結びつきが強まれば人的交流も必ず増える。
 もうすでに、日本人の生活は中国人とは無関係ではない。
例を挙げれば、職場で、生活圏で、中国人と触れ合う機会が増えるということだ。

 この20年、
日本の多くの企業が中国に進出した。そして、ここ数年、現地化へ向かって動いている。21世紀、企業の成功はこの世界最大の市場でいかに成功するかである。中国での成功とは何か?例えば、トヨタ自動車を取り上げるなら、それは中国でも“TOYOTA”であり、もしくは“豊田(feng1tian2)”であることだ。
「トヨタ」であってはならない。
 
いつの日か中国人から「TOYOTAはどこの国の会社?」といわれるほどに、中国に溶け込み親しまれることで初めて
“チャイナマーケット”で大成功を収めることができる。

  中国で成功を収めた企業では、当然ながら日本人社員と中国人社員との交流の機会は増える。
これは、中国に進出する全ての業種の成功にいえることではないだろうか。 日系企業に働く優秀な中国人人材が日本人駐在員に代わり、中国での営業をコントロールするようにならなければ、企業としては、外資との“チャイナマーケット”における熾烈な競争には勝てないだろう。
 日系企業に働くリーダー的中国人人材は上手に日本語を操る。「中国語を話せなくても大丈夫。日本語で彼らと話を進めたほうが日本人には有利」と考えるのも、浅はかすぎる。日本人にも、中国語で中国人と仕事を遂行していける能力を求められるようになっていくのではないだろうか。日本語しか話せない日本人社員の仕事、重要な仕事は、いずれ二ヶ国語、三ヶ国語を操る優秀な中国人社員に回っていくに違いない。彼らの活躍によって日本企業は増益を果たすようになる。まだ5,6年は日本人という特権だけで、今の給与、生活を何とか確保できるだろう。しかし、10年後には、同じオフィス内で働く日本人、中国人の給与所得には大きな差はなくなってくるのではなかろうか。それは、中国人の給与のインフレと、日本人の給与のデフレの両方からもたらされる結果だ。二つの傾向は、日本でも、中国でもすでに始まっている。 
日本人が中国語を学ぶ意義は、ビジネスという意味では英語とは少し異なるかもしれない。

 
世界では3000万人の人々が中国語を学んでいる。英語圏の学習者も多い。将来的には1億人に達するとのデータもある。これは、世界中の人々が21世紀、中国のビジネスにおける重要性を認識しているからだろう。日本でも中国語への需要が増えていくことは間違いない。「中国に興味はない」「中国語は全くわかりません」という人材では、企業も扱いにくい。ビジネスで生き抜く強力なツールとして、ますます注目される中国語。「中国語を学ぶ意義」
それをビジネスという視点で切ってみれば、そういうことになるのではないかと考える。


代表プロフィール住田 崇(すみだ たかし)立命館大学卒業。在学中は南京大学に留学。23歳で初めて中国語を学ぶ。大学卒業後、京都新聞社編集局で記者として約8年、滋賀、京都を中心に取材・執筆。同社を辞めた後、家族3人一緒にニュージーランド・クライストチャーチで4ヶ月過ごし、2005年、家族で北京へ。中国人研修生派遣、語学留学生、農民工の問題を中国の現場から取材。発展著しい北京で、独自の視点から中国現地情報、中国語学習教材を日本へ発信することを目的にしたGOKU-PROJECTを起業して、現在に至る。

posted by goku8 at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国語学ぶきっかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月30日

村哥のネイティブ・スピーカーへの道003 目標設定の大切さ 〜其の壱〜

前回の村哥のネイティブ・スピーカーへの道002で、モチベーションの大切さを紹介しました。また、村哥のネイティブ・スピーカーへの道001では私の中国語学習人生における三大目標を紹介すると共に、「不撓不屈の精神」や「日々の弛まぬ努力」という話もしました。しかし、このような強い気持を持ち続けることは誰にとっても非常に困難なことでしょう。高いモチベーションをどう持続していけばいいのでしょうか?私の経験では、適切な目標を設定することが非常に有用でした。

「ライフプランニング」という言葉をご存知でしょうか?金融業界の専門用語で、「生活設計」を立てることを指します(金銭面での設計に重点を置いています)。将来の設計を「長期」、「中期」、「短期」でそれぞれ設定し、その目標に向かって最善の努力を払おうというものです(フィナンシャル・プランナーはこのプランに沿った資金運用計画を実行します)。ここでは金融から離れて、わかりやすい例を挙げて説明します。現在25歳の人が10年後に「結婚して二人の子供をつくる(長期の目標)」という設計を作成したと仮定します。そのためには、遅くても5年後の30歳には結婚する必要があるでしょうから、それまでに結婚資金を貯める必要がありますし(中期の目標)、結婚相手がいないのであれば、その相手探しが当面の急務(短期の目標)ということになります。

遠くにある木を目標に、雪道の上を真っ直ぐ歩いているシーンを想像してみて下さい。近く(足元)ばかり見て進んでも真っ直ぐ歩くことは不可能です。足元ばかり見て歩いた場合、後ろを振り返ってみると、その足跡は真っ直ぐではなく、ジグザグになっているはずです。遠くの目標をしっかりと見据えそれに向かって歩くことにより、足跡は一直線にゴールに向かってその歴史を刻んでいくのです。しかし、遠くばかりを見ていたら、足元にあるくぼみや石などに足を取られ、かえって手間取るかもしれません。つまり、遠くの目標を定め、足元に気を配りながら進んでいく、そして障害物が現れた際には軌道修正してゴールを目指すことが最大の近道となるのです。

ちゃい語大学アドバイザー
村哥

執筆者PROFILE:
2002年9月より北京在住。若手研究者として中国経済、金融を研究する傍ら、日中企業や大学、研究機関等の通訳・翻訳業務にも積極的に携わり、ちゃい語大学の開発、監修も手掛けている。
【ブログ】村哥の映画で学んでみなチャイ語